私が幼稚園の門に立っていますと、登園して来た園児さんは「園長先生、おはようございます」と、立ち止まって挨拶をしてくれます。今年入園した年少さんや、たまご組さんは、恥ずかしいのか緊張するのか、小さな声でしか言えない子も多いのですが、バスや集団徒歩コースでやって来ると、少し様子が違います。何故かと申しますと、先輩格の年中や年長のお兄さん、お姉さん達が大きな声で立派に挨拶をすると、それにつられるようにして年少児の声も大きくなるのです。
年長者が手本を示すと、年少者も自然と見習って良い行いをする正しい連鎖の好例が、毎朝のように繰り広げられている近頃の幼稚園です。

さて最近「恩送り(おんくり)」という言葉を知りました。
似たような言葉に「恩返し」がありますが、恩返しが、受けた恩をその人へお返しするのに対して、恩送りとは、誰かから受けた恩を与えてくれた人に返すのではなく、別の人に差し上げることです。そして、恩を受けた人が更に別の人に渡す。そうして「恩」が世の中に広まり、深まっていくことだそうです。
例えば、このような実話があります。作家の井上ひさしさんが、中学生のときに本屋で国語辞典を万引きしようとして、店番のおばあさんに見つかってしまったそうです。そのおばあさんは、井上さんを厳しく叱った後で、薪割りをさせました。薪割りが終わると、おばあさんは国語辞典を渡して、「働けば買えるのよ」と、言ったそうです。
後年、井上さんはボランティアで(つまりプロの作家が無報酬で)文章講座を何度も開き、その行為を「恩送り」とされていた、というお話です。

私達にとって、最も大きな恩を感じる相手は誰でしょう?勿論、私達の両親ですね。この世に生を授けてくれたことに始まり、成人するまで育み、学校まで何不自由なく出させてもらった恩恵に優るものは無いでしょう。
そのこれまで受けた恩を、「親孝行」というかたちで返すのもひとつではありますが、私のような年齢になりますと、我が子が社会人となり、少しでも人様のお役に立つようになったり、明るい家庭を築いたりすることの方が、プレゼントをもらったり、旅行に連れて行ってくれたりするよりも、立派な親孝行に思えます。

親子の関係上での「恩送り」とは、親から受けた恩を、子どもに与えることではないでしょうか。本園の誕生会などで保護者の皆様と親しくお話をする機会を得ますが、時々「親の立場になって、初めて(自分の)親の苦労が理解出来ました」とお話しをなさる方がいらっしゃいますが、同時にご両親からの恩も深く身に沁みて感じ取られたことでしょう。昔から「親の恩は山よりも高く、海よりも深い」と申します。その受けた恩を、子ども達に惜しみなく与え、伝えていきましょう。
夏休み中にはお盆も迎えます。ご先祖の墓前で手を合わせる時に、「恩送り」の誓いの祈りを捧げてはいかがでしょうか。